IDOM面接 振り返り

目次
○志望理由や他に見ている企業
○太田さんとIDOM
○取締役
○「挑戦する」とは何か?
○自分の過去体験について
IDOMの歴史と今
○社長(プラス思考について)
イチローの引退会見
○山畑さん
○太田さんが見つけた人生の本質
○他の人に負けない点は?

本文は以下

IDOMの本選考を受ける志望理由

秋のインターンに参加、前衛的な内容で、「挑戦する風土」がインターンの内容から伝わってきたのでIDOMが面白そうだと思った。
あとは大企業ならではの「世界に与えるインパクトの大きさ」も魅力だと考えている。


他に見ている企業
主にITベンチャー企業を見ている。
理由は、大学の時に所属していた学生団体と近い環境で働くとその時と同様のやりがいや楽しさを感じることができるのではないかと思っているから。
自分が組織に対して大きな影響を与えていると実感したい。

現在は親に大企業も見なさいと言われているので視野を広げる目的であまり業界を絞らず見ている。
太田さん(O): 親はやっぱり安定している企業に行ってほしいんだ。今は大企業も安定はしてないけどね。
多紀(T): それは僕もそう思います。

Q1
IDOMは組織の規模が大きいが、「自分が組織に影響を及ぼしている」という実感はどれくらいわくのか?

自分が入って当時はベンチャー企業で、この22年間で様々な挑戦をしてきて現在は一部上場を果たした企業だが、当時と今を比べると
ベンチャーのフェーズが終わり、今は大企業の枠組みがあるので「世界を変える大きなインパクト」を本当に起こせる体制が既に整っていることが魅力ではないかと思う。
あとはいろいろな企画チームが動いていて、それら1つ1つを取り出せばベンチャー要素は強いと思う。

Q2
太田さんが22年前当時は比較的小規模なベンチャーだったIDOM(ガリバー)に入った当時の話について

○太田さんがIDOMに入った時の話。
正直、「自動車業界を変える」といった大きな目標を持って入った訳ではなかった。
独立して営業していたが、「自分が持てる関係の範囲が広がらないし、これからずっと続けられるかも不安」といった状況だった。
そして、当時たまたまフランチャイズ経営に興味があった。そして、コンビニなどの中途採用などを応募していたが、その過程の途中で勉強のためいろいろな本を読んで企業について勉強していた。その中で船井総合研究所船井幸雄さんが書いている「船井幸雄と本物人たち」という本の中に数行だけ書かれていた、
ガリバーは本物だと思う」
という文章が目に飛び込んできて、それが心に残り結果的にガリバーに中途入社することになる。(FCで希望をしていたが、結局営業になり、自分が入った意図とは違ってしまったらしい)
ーー極論、企業は実際に入ってみないとわからない(太田さん)

○取締役
Q3
取締役に現在なっているが、最初からそこを目指して仕事をしていたのか?

それはなかった。自分に与えられた仕事を1つ1つ達成して積み重ねていったものが、たまたまこういった形になった。逆に最初から取締役を目指していたら途中の挫折(この後に話された)があった時に仕事を諦めてしまっていたと思う。


○「挑戦」の話
O: 多紀さんの「挑戦」とは何か?
T: 新しい環境に飛び込んでいくこと。自分のコンフォートゾーンを飛び出して今まで受けたことのない刺激を受けに行くこと。
具体的には、高校時代に「京大受験」という人生で1番大きな挑戦をし、大学ではバイトを11個経験するなど様々な挑戦を回数多くした。
O: 大学受験はしんどかっただろうね。落ちてしまったけど、立ち直るのにどれくらいかかった?
T: 期間は1ヶ月だったけど、とても立ち直るまでしんどかった。京大を目指していたのは中3の時からだったので、高校は大学に合格するための通り道でしかなかった。自分の高校3年間を全て否定されたような気がしてとても辛かった。「努力をすれば絶対に達成することができる」という高校受験(高校受験は大成功した)の時からずっと持ち続けていた自分の中の価値観も思いっきり壊されたのでそれもものすごくショックだった。
しかし、次に進もうと思えたのは「やりきった」という実感があったから。「高校3年の1年間は人生で1番努力量の多い期間にしよう」という自分の中で定めた目標は達成できたと自分で思えたので、浪人はせずに次のステージに進もうと思えた。
あとは京大にもし合格していたら完璧主義者になってしまっていたと思う。「努力すればどんなことも達成できる」という価値観を出会う人全員に無理矢理押し付けてしまう人間ななっていたと思う。とりあえず調子乗った人間にはしばらくなってしまっていたと思うので、落ちたことも結果的に良かったのかなと思う。

ーー挑戦とは、「壁を越えること」(太田さん)


○社長の話「プラス思考」

O: そういう前向きに捉える姿勢はもともとそういう性格なのかもしくは意図的にそうしているのかどっちなの?
T: これは完全に意図的です。
僕は小学2年の時にマラソンを走っていて運動は苦手だという「自分の才能のなさ」を痛感したことがあって。その時に運動ができなくて勉強もできなかったら自分がこの世界に存在する意味がないなと考えた時から勉強は人並み以上にはできないといけないなという意識を持ち始めたし、将棋っていう少し特殊な趣味を特技にしようと思って始めたりしました。
高校は進学校で、2年間勉強した自分は「周りと比べて自分は勉強の才能がない」ということを感じ続けた結果、高3の時には京大は厳しそうだと自信をなくしていました。でも「こんなに才能がない自分が本気で1年努力して京大に合格したらとてもおもしろいな」と見方を変えて、「自分と同じ才能量の人たちの代表選手として京大に合格し、努力は裏切らないという自分が見つけた本質を証明しよう」と決意した結果、1年間本気で頑張ることができました。
この自分の中の発想の転換が僕の強みだ今は確信しています。
O: それはIDOMにある18ヶ条?の理念(高い志や挑戦する気持ちなど)の中でも2つ少しテクニック的な要素のある「プラス思考」の習慣がついているということかもしれないね。
社長は根っからのプラス思考をする人なんだよ。ある時フェラーリを盗まれたことがあったんだけど、「良かった」って言ってた。普通の僕らからしたら良かったわけないでしょ!って考えてどうしてもプラスに捉えることはできないんだけど、社長は「明日事故に合わなくて済む」って考えるんだ。
T: プラス思考の僕もそこまではさすがにちょっと無理ですね笑
O: 僕とか山畑も割とマイナス思考の人間だったんだけど、プラスに捉えようとする癖をつけることによって最近はかなりプラス思考をすることができるようになったな。


IDOMの歴史と今
ーー今は「挑戦しなければいけない状況」に立たされている面白い時期(太田さん)
O: IDOMは今まで2回のピンチな状況を乗り越えてきた。中でも特にリーマンショック時の買取から販売に舵を切るかどうかで迷っていた時期が特徴的。当時は社会情勢が不安定で社員みんなが臆病になっていた中、この企業は挑戦を選んだ。そういうところにIDOMの挑戦するマインドが反映されていると思う。そして、現在は3回目の壁に立ち向かっている状況で今はとても面白い時期だと思う。今進んでいる方向が本当に正しいのかもわからないし、もしかしたら大きく方向転換するかもしれない。いずれにせよ自動車業界はここから20年くらいで大きく変わる、変化が激しくなる業界になる。
T: 挑戦の風土があるIDOMの歴史の中でも現在は特に「挑戦する」人が求められているんですね。
O: IDOM既存のビジネスモデルをぶち壊したいと思っている社員が僕や山畑を含めてたくさんいるし、それを考えるのが面白いね。

○山畑さん
T: 山畑さんの印象はインタビュー記事を見た時はめっちゃイケイケな人なのかなと思っていたんですけど、実際に会ってみたら思ってたより落ち着いた人で、中にとても熱いものを持っている人だと思いました。でも今日話しててマイナス思考なところがあるということを聞いて少し納得してしまいました笑
O: 山畑はいつも悩んでるね。ある悩みがずっと解決しなくて、自分がそろそろヤバイなと思って解決を手伝ったらやっと解決して。でもその次の日も悩んでて、その内容はまた別の内容なんだよ笑 当時はルンバが出た時で、何度もぶつかりながら掃除をしていくルンバが山畑と重なって「ルンバ」って呼んでた笑
でも悩むってことは何かを考えていることの他でもない証明だからいろいろな可能性をコツコツ掘り下げていく力は本当にすごいんじゃないかな。

イチローの引退会見の話
太田さん: イチローの引退会見はいろんなエッセンスが詰め込まれていたと思うんだけど、印象に残った部分ってある?

自分: 「やりたいと思ったらやればいい。やれそうだからやる、やれなさそうだからやらないという判断基準ではなく、やりたいと思ったらそれを素直にやる。そうすると結果はどうであれ、後悔は絶対に残らない。」という部分が自分にとっては大事な言葉で大きいものを得させてもらったなと思います。

太田さん: 自分は、野球人生を振り返って、どうですか?と聞かれたときに「後悔などあろうはずがありません。」と言った部分、そして、「試合に出れなくなってから水面下で努力を続けていた1年が自分が1番誇れる期間だと思います」と言ってた部分。この辺は30〜40,50代の人に刺さるんじゃないかな。
晴れ舞台ではなく水面下で地を這うような努力を地道に続けてきたあの1年を挙げるってことは絶対にこれまでもそういう地道な努力を続けてきただろうなって確信できる。本当にそういうところが偉大だよね。

○太田さんが見つけた人生の本質
「高い志」
2部上場の際の困難に打ち勝った時のエピソード
→本当に本気で努力したら達成できないことなんてないんじゃないかと思えるとても貴重な経験になった。あの出来事があってからは上手くいかない時も自分のやり方が間違っているのかもしくはまだ本気でやり切れていないのかを考えるようになった。仕事における自分の1つの基準を表すコンパス。

T: そういう大きな経験を20代のうちに早い段階でしたいです。

Q4
僕は前向きに捉えることなどの自己内省力が高いと山畑さんに言われて確かにそうだなと思ったし、他の面接でも世界を捉える自分の内面のパラダイムが成熟している方でそれは大きな武器になると言われて、この強みを活かしてこれから働きたいと思っているんですけど、どう思いますか?

O:
僕は若い人の方が優秀だと思う考えを持っていて。それは最近のスポーツ界でも若い人がものすごく活躍していることからもわかるんだけど。
今は昔と比べると違うことがあって、昔はいろいろと厳しかったから、あんまり下の人がいなかったけど、逆に上も限界があった。今は自由だからその範囲が広がって、下の人も昔に比べると多くなったけど、逆に優秀な人は昔よりもっと優秀な人がいる。そういう考え方の武器を持っている人は上の方にいける人なんじゃないかな。

 

○他の人に負けない点は?
もし自分がIDOMに入社することになった場合、20人くらいの同期(ライバル)がいるが、「これは他の人には負けない」と言えることは何か?

☆自分や世界の「見方」「向き合い方」は誰にも負けない
①マイナスな状況をプラスに持っていくための発想転換力
②自分の人生を1つのストーリーとして捉える

①小学校時代から自分のアイデンティティについて考えていたので、普通の人と比べたら自分に向き合っている時間がダントツで長い。自分に対してベクトルを向けられる。

②自分が常に自分の人生の主人公になれているかどうかを考えてこれまで生きてきた。そして自分が何か行動をする時にはこれまでの行動の文脈と合致しているかを意識しながら生きてきた(やりたいことがなかったら、とりあえず恩返しをすることが正解になるなど)ので、今の自分は過去の全ての経験から形成されていると思えるし、これからも自分のストーリーを作っていく時は過去から何かしらの繋がりがあるものにしたい。

この強みは大きな武器になる(逆に他責にする人は仕事を任せられないと太田さんは言っていた)ので、大きな意思決定を数多くできる環境で、20代のうちに成長をしたい。